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2023.4.24
[ 後編 ]

悠久の時を紡ぐ
京都・宮川神社の縁を辿って

Miyagawa
Shrine
Miyagawa Shrine
後編
Miyagawa
Shrine

京の奥座敷とも称される、京都・亀岡市。
亀岡市へは、京都市内から電車で一本。
わずか30分ほどの列車の旅で辿り着く。

列車に揺られ、いくつものトンネルを抜けると車窓からの景色は一変する。
目の前に広がるのは、周囲を取り囲む山々と田園風景。
京都市内の喧騒を忘れさせるような自然豊かな風景と穏やかな時間が流れ始める。

そんな風景を横目に眺めながら、さらにバスに揺られること数十分。
周囲を田畑に囲まれた小さな田舎町、宮前町にたどり着く。
その宮前町の町外れには、山の麓の森に抱かれながら古の時を静かに刻み続ける、ある神社がある。

その神社の名前は、宮川神社。
木々の間から降り注ぐ木漏れ日と小川のせせらぎに包まれたこの場所は、まるで時の流れからこぼれ落ちてしまったかのような不思議な空気に包まれていた。

そんなこの場所に流れる物語に耳を澄ましてゆくと、あるひとつの縁にたどり着いたのであった。
それは、ある聖なる場所へと繋がってゆく、深い縁(えにし)。

そんな宮川神社の物語を紐解きながら、この場所で紡がれて来た悠久の縁を辿ってゆきたい。

後編
聖なる縁を辿って
Tracing
Sacred Edge
Tracing
Sacred Edge

もうひとつの一族

宮川神社で祀られる「伊賀古夜姫命いかこやひめのみこと」の出自を辿りながら、その背景に流れる出雲族の物語を辿ってきた。
そして、その出雲族の長の娘であった彼女は、ある一族との和睦の印として、その一族の長の妻となる。
この内容は、宮前町に残された物語の中で語られていたものだ。

そして、この物語には続きがある。
その続きについて綴られているのは「山城国風土記やましろこくふうどき」。
1300年もの昔、奈良時代に作られたと言われる地誌のひとつである。
その物語を紐解きながら彼女が紡いだ縁の記憶を辿ってゆきたい。

彼女を妻として迎え入れた、ある一族の長の名前は、「賀茂建角身命かものたけつぬみのみこと」といった。
その名には、賀茂の勇猛な神と言う意味が込められていた。
彼の持つ「賀茂」と言う名の通り、彼が率いた一族とは、加茂と呼ばれる一族であった。

では、その加茂族とは一体どんな一族であったのか。
その一族の出自について「山城国風土記」には、こう残されている。

遠い旅路の先に

彼らは、遥か遠い昔、日向国のある山から大和国の葛木山に移り、暮らすようになった。
日向国とは、現在の宮崎県のことであり、大和国は現在の奈良県のことである。
それから暫の後、大和の地から現在の京都府木津川市にあたる、山城の岡田の賀茂から川沿いに移動してゆき、ある川に至る。

その川を目にした賀茂建角身命かものたけつぬみのみことは、「小さいが清らかで美しい川だ」と言い、その川を「石川の瀬見の小川」と名付けた。
その川とは、賀茂川と桂川が合流した場所に流れていた川であった。

そして、そこから更に北上を続けた、賀茂建角身命は、賀茂川の上流に鎮まったという。

この物語には、遥か遠い九州の地から奈良へと移り、京都の鴨川の北部に至った一族の歴史が紡がれているのだ。
そうした遠い旅路を経て、賀茂建角身命は、丹波の国の神野の伊賀古夜姫命いかこやひめのみことと出会い、二人は結ばれていったのである。

まさに出雲族が丹波の地で紡いだ悠久の歴史、加茂族が辿った遍歴の旅路が二人の間で重なり合っていったのである。
そうして紡がれた二人の間に、ある子供を授かることになる。
そして、その生まれた子供こそが二人の縁を大いなる実りへと導いてゆくのである。

丹色の矢

「山城国風土記」で描かれた、加茂族の遍歴の旅路を描いた物語の続きに、二人の間で授かった、ある子供の物語が描かられていてる。

賀茂建角身命伊賀古夜姫命の間には、二人の子供が生まれた。
それぞれの子供は、玉依日子たまよりひこ玉依媛たまよりひめと名付けられたという。
それから幾年が過ぎたある日、玉依媛が鴨川のほとりで流れる美しい小川で川遊びをしていると、ある不思議なものに出会う。

それは、川上から流れて来た丹色に染められた矢であった。
玉依媛は、その矢を手に取り、持ち帰って床の傍らに挿して置いていたという。
すると不思議なことに、玉依媛はほどなくして身ごもったのである。
男の子であった。

身ごもった子供は、無事生まれ、その後も大きく成長していったという。
だがしかし、玉依媛が産んだ子供の父親が一体誰なのかは、誰にも分からなかった。

その真実を明らかにするために、祖父の賀茂健角身命かものたけつぬみのみことがある宴を開く。
男の子が成長して大人になる頃であった。
気の遠くなるほどの大きな御殿を造り、全ての扉を閉ざし、多くの酒瓶に酒を準備して神々を呼び集め、七日間もの宴を催した。

そうして賀茂健角身命は、神々が集う前で、その男の子に向かってこう語りかけたという。

「お前が父と思う人に、このお酒を飲ませなさい。」と。

そして、その投げかけられた言葉がきっかけとなり、男の子の出自に隠された真実がついに明らかにされてゆくのである。

結ばれゆく縁

するとその言葉を耳にした男の子は、なんと酒杯を持ったまま、そのまま屋根を突き破り、天へと昇っていったのである。
その姿は、自らの父がはるか天上の彼方にいることを身をもって示していたのだ。
この行動によって、その男の子の父は火雷神ほのいかづちのかみという雷神であることが明らかになったという。

そして、母の祖父である「賀茂健角身命かものたけつぬみのみこと」にちなみ、男の子は「賀茂別雷命かもわけいかづちのみこと」と名付け、祀られてゆく、と。

この物語は、京都最古の神社のひとつとも伝えられる悠久の歴史を持つ、ある神社の創建の縁起を伝えるもの。

その神社とは、現在も京都において古の時を刻み続ける神社、上賀茂・下鴨神社である。
宮川神社で祀られる伊賀古夜姫命いかこやひめのみことの娘である玉依媛たまよりひめが産んだ男子賀茂別雷命とは、上賀茂神社の祭神であったのだ。

そして、祖父の賀茂健角身命、祖母の伊賀古夜姫命、母の玉依媛の三神は、蓼倉たでくらの里の三井みいの社に祀って祭神としたと伝えられている。

その三井みいの社とは、現在下鴨神社本殿の西にある三井みつい神社のこと。
そしてまた祖父の賀茂健角身命は、下鴨神社の本殿の西にも祀られ、母の玉依媛こと、玉依媛命たまよりひめのみことは、下鴨神社の本殿の東に祀られてゆくのである。

宮川神社から紡がれた縁は、様々な運命を交錯させながら、上賀茂・下鴨の両神社の創建の縁起として実り、聖なる縁として結ばれていったのである。

柔らかな時を紡ぐ

宮川神社で祀られる「伊賀古夜姫命いかこやひめのみこと」が辿った運命と、その運命が紡いだ縁の記憶。
その記憶を辿ってゆくと、丹波の地で暮らした出雲族の人々と信仰、そして清らかな水が流れる古の神社、上賀茂神社、そして下鴨神社の創建の物語にたどり着いたのであった。

宮川神社で紡がれた縁が決して途切れることなく、聖なる縁として実っていったのは、もしかすると伊賀古夜姫命の内に流れる出雲族の信仰も関係しているのかもしれない。

それは、「出雲大社」と「出雲大神宮」の両神社が祀る「大国主大神おおくにぬしのおおかみ」が持つ、あらゆる縁を結んでゆくという力を背景にした、縁結びへの信仰。
だからこそ多くの人々の想いを紡ぎ、聖なる縁へと繋いでゆくことが出来たのではなのかと。
もちろんこれは、想像に過ぎない。

だがしかし、そんな紡がれた古の縁は、今もなお決して途切れることなく続いているのだ。
宮川神社では、毎年下鴨神社で催される葵祭において、宮川神社の氏子の青年たちが今もなおその行列に奉仕しているという。
その姿はまさに、古から続く物語の記憶を途絶えさせることなく、今に伝えてゆく姿だと言えるのではないだろうか。

まるで森の中に佇むように鎮座する宮川神社。
目を閉じれば、森にそよぐ風が鳴らす葉音とすぐそばで流れる小川のせせらぎが穏やかなハーモニーを届けてくれる。

境内を奥に進むと苔に覆われた美しい道が森の中に伸び、木々の合間から降り注ぐ木漏れ日がその道を優しく彩っている。
そんな穏やかな自然に包まれたこの場所は、まるで桃源郷にいるかのような柔らかな時が流れている。

ひとくちに神社と言っても、その神社の持つ空気は、それぞれの神社によって大きく異なる。
どこか背筋が伸びるような緊張感の流れる静謐な神社もあれば、街の中で賑わいに花を添えるような神社もある。

そして、宮川神社の持つ空気は、そのどちらでもない。
この神社では、訪れる人を穏やかに包み込んでくれるような柔らかな空気が流れているのだ。
それは男性的な厳しい雰囲気ではなく、母性を感じるような包み込むような柔らかさ。
それはもしかすると、この場所で祀られる神が「伊賀古夜姫命いかこやひめのみこと」という女性の神であることが関係しているのかもしれない。

そしてまた、その柔らかな空気は下鴨神社の境内にある、糺の森で流れる空気とも近しく感じるのだ。
まるで糺の森の原風景とも言える自然の美しさが宮川神社の中には、息づいていると。
その秘密は、宮川神社と下鴨神社を結ぶ縁の中に隠されているのかもしれない。

時空を越え、聖なる縁を紡ぐ宮川神社。
そんな宮川神社は、小さな田舎町の片隅で、今もなお静かに古の縁を紡ぎ続けていたのである。

( ■「悠久の時を紡ぐ 京都・宮川神社の縁を辿って」完 )

Reference :

  • 「宮前町のしおり(2019年作成)」
    発行:
    宮前町自治会
  • 「丹波物語」
    出版:
    国書刊行会
    著者:
    麻井 玖美、角田 直美
  • 「出雲大神宮史 : 丹波國一之宮」
    出版:
    出雲大神宮社殿創建千三百年大祭記念事業奉賛会
    著者:
    上田正昭 監修・編纂委員長
    編集:
    出雲大神宮史編纂委員会
Category :
  • text / photo :
    HAS
    HASは、多様な美しい物語を紡いでゆくことで「物語のある暮らしを提案する」ライフストーリーブランド。ライフストーリーマガジン「HAS Magazine」のプロデュース、デザインスタジオ「HAS Couture」を手掛ける。
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