偶然手にした本の中で、不思議と心に残る言葉に出会うことはありませんか。
時が経ち、本に書かれていた内容はすっかり忘れてしまっても、なぜかその言葉だけが心の中に残り続けるような、そんな言葉に。
それは本だけでなく、様々な出会いの中で投げかけられる言葉の中にもあるような気がします。
普段は記憶の奥深くに隠され、気にもとめない言葉。
しかし、何気ないきっかけで、ふと記憶に光が灯され、その言葉の輪郭がやわらかく浮き上がってくるような言葉。
そんな言葉の中には、みずみずしい命が確かに宿っているような気がします。
記憶の大海原の中で、押し流され、消えてゆく言葉とは違い、その海を生き生きと泳ぎ続けるような命を宿した言葉。
そして、その言葉は不思議と、私たちの歩みを優しく導いてくれるような気がします。
今回は、ある本で出会った、そんな心に残る言葉を皆さんにご紹介します。
その言葉は、研ぎ澄まされた美しい白磁を作り続けた、世界的な陶芸家・黒田泰蔵さん(1946-2021)の本を通して出会いました。
白磁という方法論を通して、真理を追求し続けていたという黒田さん。
本を通して、はじめてその造形を目にした時、紡がれる美のかたちに深い驚きを感じました。
それは、これ以上ないほど削ぎ落とされた極限の美しさ。
心の中に宿る、ひとつの美の理想をそのまますくい上げ、命が吹き込まれたような器。
そんな白磁が放つ美しさに、ただただ圧倒された記憶があります。
黒田泰蔵さんが白磁に出会ったのは、近現代の日本を代表する陶芸家の一人、濱田庄司(1894-1978)さんのもとを訪れた時。
濱田さんは、柳宗悦氏、河井寛次郎氏らと共に、民芸運動を創始した人物。
後に人間国宝にも選ばれるなど、その功績は計り知れません。
黒田さんは、そんな濱田さんの一番弟子の島岡達三さんに、パリでウェイターをしていた時に出会います。
その時、黒田さんは20歳になったばかりの頃。
自分の歩むべき道を探し求め、日本から船で遥か海を越え、パリでの生活を始めていました。
何者でもなかった自分の中の何かを必死で探し求めて。
そんな時、働き始めた日本食レストランに島岡達三さんが現れ、なぜか声をかけられるのです。
そして、そのたった一回の出会いが縁となり、島岡さんに導かれるようにして陶芸家の道を歩んでゆくことになります。
- text / photo HAS / Hiroaki Watanabe
Reference :
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「黒田泰蔵 白磁へ」
- 著者:
- 黒田泰蔵
- 出版:
- 平凡社
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「黒田泰蔵 白磁」
- 著者:
- 黒田泰蔵
- 寄稿:
- 安藤忠雄(建築家)、諸山正則(東京国立近代美術館主任研究員)
- 写真:
- 大輪真之
- 出版:
- 求龍堂
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text / photo :HAS ディレクター / デザイナー。 神戸市出身 京都在住。
立命館大学産業社会学部在学中に、インディペンデントの音楽イベントの企画・運営に携わる。
卒業後は環境音楽の制作を開始。その後、独学でウェブ・グラフィックデザインを学び、2019年にHAS創業。
暮らしを灯す物語をテーマに、デザイン、言葉、写真、音楽を重ね合わせながら制作を行う。HAS : www.has-story.jp