
暮らしに寄り添う美しい詩をご紹介する「暮らしの詩集」。
今回は、「夜の春雷」という詩をご紹介します。
これは、かつて戦争に赴いた一人の日本の若者によって紡がれた詩です。
今世界は、大きな争いの中に巻き込まれつつあるように感じます。
2022年の春先にウクライナの地で突如として始まった軍事侵攻。
そして、その僅か一年半後の先月初旬には、中東でまた新たな争いが勃発しました。
遥か遠い海の彼方に生きる私たちにとって、それぞれの土地の悲惨な現状は、ともすると、どこか現実感を持って向き合うことが難しいかもしれません。
あるいはまた、そうした厳しい現実に対して、何も出来ない無力さを感じられる方もいっしゃるかもしれません。
しかし、何か具体的なものを届けることは出来ずとも、その現実をしっかりと見つめること、そしてその根本にある問題に想いを巡らせることだけでも大きな意味を持つのではないでしょうか。
この詩は、戦争を通して失われていった、幾つもの物語を想うきっかけとなる詩です。
この詩を紡いだのは、以前ご紹介した「水汲み」という詩を残した、田辺利宏という一人の詩人。
彼が生きた時代は、今から遡ること約80年ほど前のこと。
その時代は、まさに日本が第二次世界大戦へと突き進もうとする時代でもありました。
彼はその時、20代半ばの青年。
大学卒業後、高校教師として新たな一歩を踏み出したばかりの希望に満ち溢れた一人の若者でした。
しかし、その時代に生きた多くの若者がそうであったように、彼もまた抗うことのできない時代の渦に呑み込まれていったのです。
それは戦地への兵士としての招集でした。
この詩は、派兵された中国の地で、彼が目にした光景をもとに作られました。
繰り返される終わりの見えない争いの歴史。
その歴史の中で消えていった無数の命の物語。
この詩は、そんな失われたひとつひとつの物語の重さを私たちに伝えてくれます。
夜の春雷 はげしい夜の春雷である。 鉄板を打つ青白い電光の中に 俺がひとり石像のように立っている。 永い戦いを終えて いま俺たちは三月の長江を下っている。 しかし荒涼たる冬の予南平野に 十名にあまる戦友を埋めてしまったのだ。 彼らはみなよく戦い抜き 天皇陛下万歳を叫んで息絶えた。 つめたい黄塵の吹きすさぶ中に 彼らを運ぶ俺たちも疲れ果てていた。 新しく掘り返された土の中に 俺たちの捧げる最後の敬礼は悲しかった。 共に氷ついた飯を食い 氷片の流れる川をわたり 吹雪の山脈を越えて頑敵と戦い 今日まで前進しつづけた友を 今敵中の土の中に埋めてしまったのだ。 はげしい夜の春雷である。 ごうごうたる雷鳴の中から 今俺は彼らの声を聞いている。 荒天の日々 俺はよくあの掘り返された土のことを考えた。 敵中にのこして来た彼らのことを思い出した。 空間に人の言葉とは思えない 流血のこもった喘ぐ言葉を 俺はもう幾度聞いたことだろう。 悲しい護国の鬼たちよ。 すさまじい夜の春雷の中に 君たちはまた銃剣をとり 遠ざかる俺たちを呼んでいるのだろうか。 ある者は脳髄を撃ち抜かれ ある者は胸部を撃ち抜かれて よろめき叫ぶ君たちの声は どろどろと俺の胸を打ち ぴたぴたと冷たいものを額に通わせる。 黒い夜の貨物船の上に かなしい歴史は空から降る。 明かるい三月のあけぼののまだ来ぬ中に 夜の春雷よ、遠くへかえれ。 友を拉して遠くへかえれ。
彼が目にした戦争の恐ろしさ、悲しさ。大切な仲間を次々に失ってゆく喪失感。
この詩には、そんなあまりにも悲惨な風景がありありと描かれています。
学生時代から文学を愛した彼は、研ぎ澄まされた言葉への感性を持っていました。
そんな彼の瑞々しいまでの感性が次々に命の灯が消えてゆく、戦争の悲惨な現実を異様なほどに際立たせているような気がします。
言葉の端々に流れる美しさが、かえって戦争の悲しみをより鮮明に描き出していると。
「かなしい歴史は空から降る。」
これは、この詩の終わりに添えるように紡がれた短い言葉。
このたった一行の言葉の中に、彼の内に流れていた途方もない才能を感じます。
戦争の悲惨さをこれほど端的に、美しさをも感じさせる表現として形にした彼の詩才は、どれほど大きなものだったのだろうかと。
しかし、彼は、その才能を大きく花開かせることはありませんでした。
戦地で幾編かの詩を残し、もう二度と日本の地を踏むことはなかったのです。
彼もまた、仲間が眠る荒涼たる大地の中に消えていったのです。
享年26歳。
あまりに若過ぎる最期でした。
第二次世界大戦が終わり、約80年もの時が過ぎようとしています。
いや、僅か80年とも言えるかもしれません。
その間も世界各地では、様々な紛争が繰り返されて来ました。
そして、21世紀を迎え、多様な技術が人々の暮らしを大きく変えようとする現代において、またその争いの火種は大きくなりつつあるようにも感じます。
遥か異国の地で連日のように報道され、増え続ける消えゆく命の数。
あまりにも多いその数は、時に私たちの感覚を麻痺させ、その数の中に確かに流れていた一人一人の想いを見えづらくさせてしまいます。
彼らは、どんな想いで日々を生き、どんな夢を描こうとしていたのか。
そして、彼らは誰を愛し、誰に愛されていたのか。
それは、もう二度と取り返すことの出来ない、かけがえのないたったひとつの命の物語です。
多様な技術の発達は、私たちの暮らしを豊かで便利なものへと変えてゆきました。
しかし、どれだけ技術が発達しようとも、目には見えない誰かの想いを想像する力は、技術によって育まれるものではないのだと思います。
それはきっと一人一人の心の中でのみ、育まれてゆく力なのだと思います。
もし、あらゆる人々が失われゆく、ひとつひとつの物語を深く想像することが出来たのなら、世界はどんな風に変わってゆくのでしょうか。
希望の光を胸に宿しながらも儚く消えていった、一人の無名の詩人。
彼が消えゆく命の灯を託すように紡いだ、ひとつの詩。
彼が残した詩には、未来の人々の物語を繋ぎ止める、大きな光が流れているのかもしれません。
田辺利宏
1915年5月19日生まれ。岡山県出身。
30年4月、上京して神田の帝国書院に勤めながら、法政大学商業学校に通う。
34年4月、商業学校を卒業し、日本大学予科文科に入学。
36年3月、同大学文学部文学科英文科進学、39年卒業。
39年9月、広島県福山市の増川高等女学校に勤め、英語と国語を教える。
39年12月、松江に入営。後中国各地を転戦。
41年8月24日、中国江蘇省北部にて戦死。享年26歳。
- text / photo HAS
Reference :
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「きけ わだつみのこえ - 日本戦没学生の手記」
- 編集:
- 日本戦没学生記念会
- 出版:
- 岩波文庫
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text / photo :HAS Magazineは、旅と出会いを重ねながら、それぞれの光に出会う、ライフストーリーマガジン。 世界中の美しい物語を届けてゆくことで、一人一人の旅路を灯してゆくことを目指し、始まりました。