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春の詩集

Spring Anthology

若さは往々にして、苦々しい失敗の日々と共にあるのではないでしょうか。
しかし、時を重ねてゆく中で、経験がその失敗を埋め、いつしかその時間は、遠い記憶の彼方に消えてゆきます。

暮らしを灯す詩をテーマに様々な詩をお届けする「暮らしに寄り添う詩」。
今回、ご紹介する「詩」は、そんな誰しもが持つ、過ぎ去りし、若き日々のことを想い返す、きっかけとなる詩です。

いつの間にか、記憶の彼方にこぼれ落ちてしまった、自分自身の弱さ。
完璧とは、ほど遠いほどの未熟な姿。
この詩は、そんな時代を時おり、振り返り、慈しむことの大切さを、私たちに教えてくれる気がします。

春の詩集」
 
あなたの懐中にある
小さな詩集を見せてください
かくさないで――。

それ一冊きりしかない若い時の詩集。
隠かくしてゐるのは、
あなたばかりではないが
をりをりは出して見せた方がよい。

さういふ詩集は
誰だれしも持つてゐます。

をさないでせう、まづいでせう、
感傷的でせう
無分別で、あさはかで、
つきつめてゐるでせう。

けれども歌はないでゐられない
淋しい自分が、なつかしく、かなしく、
人恋しく、うたも、涙も、
一しょに湧き出でた頃の詩集。

さういふ詩集は
誰しも持つてゐます。

たとへ人に見せないまでも
大切にしまっておいて
春が来る毎ごとに
春の心になるやうに
自分の苦しさを思ひ出してみることです。

詩集には
過ぎて行く春の悩みが書いてあるでせう。
ふところ深く秘めて置いて
そつと見る詩集でせう。

併し
季節はまた春になりました。

あなたの古い詩集を見せて下さい。 

河井酔茗

この詩は、大阪府・堺市生まれの詩人、河井酔茗(かわいすいめい)によって紡がれました。
彼は、幼い頃より新体詩という明治時代から始まる新たな日本の詩のかたちに親しんでいました。

河井酔茗
Suimei Kawai

河井酔茗(かわいすいめい)、本名・又平。
1874 - 1965年、大阪府・堺市旅籠町生まれの詩人。
幼い頃より新体詩に親しみ、自身も詩作を続けながら「文庫」の記者としてて詩欄を担当し、様々な詩人を見出し「文庫派」と呼ばれる詩人を輩出した。
また雑誌「女性時代」を創刊し、女流詩人の発表の場を作るなど、女流詩人の育成にも力を注いだ。

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  • text / photo :
    HAS / Hiroaki Watanabe
    HAS ディレクター / デザイナー。 神戸市出身 京都在住。
    立命館大学産業社会学部在学中に、インディペンデントの音楽イベントの企画・運営に携わる。
    卒業後は環境音楽の制作を開始。その後、独学でウェブ・グラフィックデザインを学び、2019年にHAS創業。
    暮らしを灯す物語をテーマに、デザイン、言葉、写真、音楽を重ね合わせながら制作を行う。

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