つい先日のお知らせにも書かせて頂いたのですが、2022年の8月より、これまで「STUDIO HAS」という屋号で行ってきた「HAS Magazine」の運営を「HAS」と改め、新たな歩みを重ねてゆくことになりました。
そして、その変化に伴い、この半年ほどの間、新たな屋号に相応しいウェブサイトを制作するため、多くの時間を制作に注ぎ込みながら、日々を過ごしていました。
その時間は、自らに向き合い、心の中に隠された感覚をページをめくるように紐解いてゆく時間でもありました。
今回は、その制作の過程で、何度も心の中で反芻しながら、考えを巡らせていたことについて書かせて頂きます。
それは、「美しさ」がもたらすことについて。
「HAS Magazine」、そして「HAS」が大切にしている想いは、「暮らしの中に、美しい物語を紡いでゆく」こと。
そのために、その制作の時間は、必然的に「美しさ」について、あらためて深く考えを巡らせてゆく時間になりました。
「美しさ」とは、捉える人によって多様な意味を持ちうる言葉。
そんな漠然とした広がりを持ちながら、いつの時代も多くの人々を惹きつけ、時に驚くような価値をもたらすものでもある。
そしてまた、時に真っ先に打ち捨てられてしまう、もろさをも併せ持っている。
例えば、自然災害や戦争といった、日常を揺るがす大きな事象が起きた時、「美しさ」はあまりに無力です。
飢えを満たすことも、傷を癒すことも、寒さを凌ぐことも、もっと言えば人が最低限生きてゆく上で助けになることなどは、まったく出来ない。
途方もない「価値」と「無力さ」を併せ持った、とても不思議な存在です。
では、なぜ多くの人は、「美しさ」を求めるのでしょうか。
その問いに対する答えの多くは、豊かな生活があり、その暮らしを彩るために、「美しさ」が必要であるということかもしれません。
もちろんそれは、「美しさ」の持つ、ひとつの大きな価値だと思います。
ですが、それだけではなく、もっと根源的な何かが、美しさの中にはあるように感じていました。
そんなことを考えていた時、あるひとつの文章が心に浮かびました。
それは、アラスカを舞台に活躍した、写真家であり、文筆家であった星野道夫氏の著作「旅をする木」に綴られていた、あるエッセイ。
タイトルは、「もうひとつの時間」。
この文章は、星野氏がアラスカの氷河の上で野営をし、真っ白に広がる雪の上に座りながら、降りしきる星空を友人と共に眺めているという描写から始まります。
その時、アラスカの夜空は、月も消え、深い闇に包まれ、その暗黒の世界を信じられぬほどの数の星が瞬いていたと綴られています。
そして、その星々の間を縫うようにして、時おり流れ星が静かに線を描き、消えてゆく。
そんな世界が二人の目の前に広がっていた、と。
そうした星空を眺めていた時、一緒にいた友人がある昔話を思い出しながら、星野氏に問いかけます。
「いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人でみていたとするだろう。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって?」
その問いに対し、星野氏は、写真を撮るか、絵を描くか、それともやっぱり言葉で伝えるのが良いのかもしれないと、言葉を探すように問い返すと、友人はこう答えました。
「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって…その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって。」
そして、この文章をはじまりとして、エッセイは紡がれてゆきます。
そんな二人が交わした会話の中で語られた「変わってゆく」という言葉。
その言葉に「美しさ」が紡ぐものへの手がかりが隠されているような気がしました。
それはつまり「変えてゆく」という力、手にした誰かに「変化」を促す力ではないだろうかと。
言葉にすると、とても大げさなものに感じてしまいますが、
決してそうではなく、ほんのささやかな変化でも。
例えば、丁寧に作られた美しい器を手にした時、その器を大切にする想いが生まれ、いつもの食卓が少し豊かに変わってゆくこと。
お気に入りの美しい服をまとう時、心が軽やかになり、
より多くの人々との出会いを楽しめるように変化してゆくこと。
数え上げればきりがないほどに、何気ない暮らしの中で、
「美しさ」は、私たちに様々な変化をもたらしていることに気付かされます。
そして、それは「生活を支える」という切実な想いから切り離された「美しさ」だからこそ、出来ることではないだろうかと。
世界を見渡してゆくと、解決されずにいる数多くの問題が溢れていることにもまた、気付かされます。
それぞれの問題を紐解き、答えを導いてゆくためには、政治や経済等の施作や仕組み作りが何より必要であることは言うまでもありません。
しかし、それと同時に人々の根底にある意識を変化させてゆくこともまた必要であるとも感じます。
そして、その変化に働きかける力を持っているものが「美しさ」ではないかと思うのです。
ひとつひとつは、決して大きなものではなくとも、一人ひとりの暮らしの中にささやかな「美しさ」が紡がれ、そんな小さな変化が積み重なってゆく。
それがいつか大きな変化となり、人々の意識を変え、世界を変えてゆく力になるのではないかと。
そんなことを制作のかたわらで、ふと頭に想い浮かべていました。
「美しい物語」それは形のない、吹けば飛んでしまうほどに、ほんとうにささやかな存在です。
しかし、だからこそ、そこにはかけがえの無い、大切な想いが流れているのだと考えています。
美しさが紡ぐ、その先の風景に想いを馳せながら、物語を紡ぎ続けてゆきたいと思います。
気づけば少し遠回りしてしまいました。
これから始まる新たな物語に添えて、この文章を書かせて頂きました。
お読み頂いた皆様の暮らしに、ひとつでも多くの美しい物語を届けてゆけることを願って。
- text / photo HAS / Hiroaki Watanabe
Reference :
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「旅をする木」
- 著者:
- 星野道夫
- 出版社:
- 文藝春秋
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text / photo :HAS ディレクター / デザイナー。 神戸市出身 京都在住。
立命館大学産業社会学部在学中に、インディペンデントの音楽イベントの企画・運営に携わる。
卒業後は環境音楽の制作を開始。その後、独学でウェブ・グラフィックデザインを学び、2019年にHAS創業。
暮らしを灯す物語をテーマに、デザイン、言葉、写真、音楽を重ね合わせながら制作を行う。HAS : www.has-story.jp