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2021.6.13

特集:時を紡ぐ場所を訪ねて
奈良・春日野に宿る
古の祈りを辿って Ancient Pray in Nara

奈良駅を降り、歩くこと数分。
都市の中にあるとは想像もつかないほど、豊かな自然に包まれた奈良公園が目の前に広がる。
そして、その公園の自然を辿ってゆくと、あるひとつの森に辿り着く。

その森の名は、「春日山原始林」。
平安時代に、春日大社の神域として狩猟伐採が禁じられて以降、一千年以上ものもの長きに渡り、大切に守られて来た森だ。

何より驚かされるのが、こうした森が人々が往来する都市のほど近くにあること。
なぜこの場所は、悠久の時を越え、人と自然との共生を続けることが出来たのだろうか。

その疑問を紐解いてゆくと、今を生きる私たちが未来を描くために大切になる、ある手懸かりが隠されていた。
この地に眠る古の記憶を辿りながら、その疑問を紐解いてゆきたい。

Profile :

奈良・春日野

奈良・春日野(春日)は、奈良県奈良市春日野町の奈良公園一帯の名称。
この地域には、一千年の歴史を誇る、春日大社をはじめ、近くには興福寺、東大寺などが所在し、古の息吹を今に伝えている。その奥地の御蓋山には、平安時代から春日大社の神域として大切に守られて来た春日山原始林を抱き、公園内には、約1,300頭とも言われる野生の鹿が古の時代から生活を続けている。
市街地にあるとは思えないほど、豊かな自然と悠久の歴史を併せ持つ地域である。

はじまりの記憶

まずは、この地に流れるはじまりの記憶を辿ってゆきたい。
遡ること、約1300年ほど前。
西暦710年、奈良・飛鳥の地から現在の奈良市一帯への遷都をきっかけとして、この地のはじまりの記憶は、紡がれてゆく。

それは、国際色豊かな文化を育んだ都市・平城京のはじまりであった。
なぜ、この地が新たな都市として選ばれたのだろうか。
そのことについて、ある言葉が残されている。

「平城の地は、四神相応に当てはあまり、三つの素晴らしい山があり、さらに亀甲(きっこう)や筮竹(ぜいちく)による占いによっても大変良いと出ている。この地に都を建てるべきである。」

四神相応とは、古来より中国で大切にされて来た、素晴らしい地相を表す風水の言葉。
この条件を満たす土地は、長く繁栄すると考えられていた。

つまり、目には見えない感覚を頼りに、この土地に宿る気配に耳を澄まし、この地が都として選ばれたのだ。
今となっては、にわかに信じ難いことではあるかもしれないが、
当時の人々にとっては当たり前で、むしろ何より大切な判断基準であった。

その言葉の中で、「三つの素晴らしい山」とあげられている内の一つが、御蓋山(みかさやま)であった。
その山は、今なお春日大社の神が宿る山として、一千年の時を越え、往時の心のままに大切に守り続けられている山である。
この山こそが、太古の自然を今に残す森「春日山原始林」が息づいている場所である。

平城京に遷都をしたばかりの頃は、「御蓋山」それ自体を神として祀っていたという。
その後、50年ほどの時を経て、768年に本殿が築かれ、この場所に春日大社が創建されたのだった。

山水への祈り

遷都という国の威信をかけた大事業。
当然ながら失敗は、許されなかったであろう。
だが当時は、今のような科学も技術も存在しない。

そんな状況の中で人々が最後に出来ることは、ただひとえに祈りを捧げることであったことは、想像に難しくない。
はじまりの記憶を辿ってゆくと、人々の安寧、国の繁栄を祈る強い想いが、この地に深く流れていることに気付かされる。

そして、当時の人々の生活を支えていたのは農業であった。
その実りを左右するものは、生命の源である豊かな水と太陽の光。
人智を越えた、大いなる自然の恵みである。

その生命の源が生まれいずる場所が「御蓋山」であったのだ。
平城京十万人の暮らしを支える水は、「御蓋山」を水源地として流れ出していたのだ。さらに、その「御蓋山」が位置するのは、都に対して東。
それは、日の出と共に、太陽が現れる場所でもある。

つまり生命を育む、太陽の光もまた水と同様に「御蓋山」から現れ、人々を照らし出していたのだ。

まさに「御蓋山」は、あらゆる生命を司る、自然の恵みを人々にもたらす地であった。
当時の人々にとって、この地に神が宿ると考え、「御蓋山」を信仰の対象として考えたことは、決して偶然ではなく、必然の成り行きだったのではないだろうか。

また都に住む人々は、毎朝、日の出とともに御蓋山を仰ぎ見ながら、祈りを捧げていたという。
そうした日々の繰り返しが、人々の信仰をより深いものへと導いたのだろう。
そして、その幾重もの祈りが積み重なった時、この春日野の地は、聖地として定められ、悠久の時を刻み始めたのであった。

悠久の祈り

春日野の地に宿る記憶を辿っていくと、この地に流れゆく祈りの深さに気付かされる。
しかし、どれだけ深い信仰であったとしても、その信仰を時を越えて受け継いでいくことは、決して容易ではないはずだ。
ではなぜ、その祈りが一千年の時を越え、人々の間で変わることなく、大切に受け継がれて来たのだろうか。

それは、古の人々が考え出した、ある一つの伝承方法によって実現されてゆく。
その伝承の名は、「式年造替(ぞうたい)」。
定まった一定の期間ごとに、社殿を全て建て替えるという神社特有の伝承方法である。
これには、社殿を形にする職人の技術を途絶えさせることなく、次の世代へと継承するという目的がある。

春日大社の場合は、20年に一度。
遥か古の時代から、こうした営みが積み重ねられて来た。
そうすることで、技術の継承はもちろんのこと、この場所に宿る、深い信仰も長い時の流れを越えることが出来たのだ。

だが「式年造替」には多額の費用がかかるのも事実。
神社によっては、その周期が20年ではなく、40年になることもあるという。
そんな中で、春日大社は、数ある日本の神社の中で唯一、創建から一度も途切れることなく行われているのだ。

こうした事実からも、この地に宿る祈りの深さを垣間見ることが出来る。

そして、この伝承方法の最も重要な点は、書物を通してではなく、「人から人へと伝えてゆく。」ということなのだろう。
春日大社・宮司の花山院弘匡氏(かざんいんひろただ)は、自著でこう語っている。

「書き物では心の熱が伝わらない。人から人でなくては、情熱が伝わらないわけです。20年ごとに、必ず人から人へと伝わっていく。そこに意味があるのです。温かみがあり、人の想いがある。想いの絆というものが、20年に一度必ずできるのです。」

まさにその言葉の通り、この地の大いなる自然の恵みがもたらした、古の人々の祈りは、人から人へと繋がれた想いによって、大切に守られて来たのだ。

目には見えない想い

春日野の地に眠る、様々な記憶を辿ってゆくと、この場所には、古の人々の深い祈りと、その祈りを大切に受け継いで来た、多くの人々の想いが流れていた。
この地が一千年の時を越え、人と豊かな自然との共生を続けられた理由は、目には見えない「深い祈り」と「人々の繋がり」の中にあったのだ。

それぞれの時代の政策による、自然の保護という側面もあるだろう。
だが、自然を畏れ敬うという深い信仰に支えられた、人と自然との関係こそが、この地を悠久の時を越え、守って来たのだと思う。

それは、現代に生きる私たちがどこかで置き忘れてしまった、目には見えないものを敬い、大切にしてゆく想い。

この地を訪れると、ある文章の中で綴られていた、インディアンの話を思い出す。
それは、星野道夫氏の著作「長い旅の途上」の中にある「遺産」というタイトルの文章。それは、星野氏が「リペイトリエイション」という会議に出席をした時のことを回想し、紡いだ文章である。

「リペイトリエイション」とは「帰還」を意味する運動。
19世紀から20世紀にかけて、世界中の博物館が古代の遺跡や墓から、学問と遺産の保護という名のもとに、様々な美術品や人骨を収集していた。

そんな持ち去られた先祖の埋葬品や骨を故郷の地へと返還するよう望む、イヌイットやインディアンの人々の強い願いが大きな流れとなり、生まれた運動だ。

その話の中で、二人のインディアンについて語っている。
一人目は、ある先住民の廃村に訪れた時に出会った、インディアンについて。

その村では、かつて博物館が歴史的遺産の保護のために、トーテムポールを持ち去ろうとしたとき、人々は朽ち果ててゆくままにしたいと拒絶したのであった。
その時に、そのインディアンは、こう語ったという。

「いつかトーテムポールは消え、森が押し寄せてくるだろう。それでいい。その時、ここはさらに霊的な土地になるからだ。」

その話を紹介した後、話は目の前で行われている会議に戻される。

会議の議論は、目に見える物の価値と目には見えぬ物の価値、両者の価値観がぶつかり合いながら進んでいたという。
その中で、会議の議題は、古代という定義は何なのか、いつまでさかのぼるものか、という議論が続いていたと綴られている。

そうした議論が繰り広げられる中で、その議論の成り行きを静観し、ずっと沈黙を守っていた、ある一人のインディアンの古老が静かに口を開き、語り始めたという。

「あなたたちは、なぜたましいの話をしない。それがとても不思議だ。」

その古老の言葉を受け、会場は水を打ったように静まり返ったという。
そう締めの言葉を綴り、この文章は結ばれる。

遥か海を越えた異国の地のインディアンたちの言葉。
生まれた時代も違えば、見ていた景色も、話していた言葉も違う。

だが、その語られた言葉の中には、この春日野の地が大切に守り、紡いで来た「古の祈り」と共鳴する想いが流れているような気がするのだ。

きっとそれは、「人と自然の共生」という課題を抱える、これからの私たちの未来を描くために、大切な手掛かりとなってゆくもの。

その課題への答えは、これから時を重ねながら、多くの人々の心の中で醸成されてゆくのだろう。だからこそ、時折この地を訪ね、この地に宿る古の記憶に耳を傾けてみたい。

インディアンの古老が静かに語ったように、この春日野の地はきっと、訪れる人々に、これからの私たちのあるべき姿を静かに語ってくれるだろう。

Reference :

  • 「神道千年のいのり 春日大社の心」
    著者:
    花山院弘匡
    出版:
    春秋社
  • 「宮司が語る御由緒三十話 - 春日大社のすべて」
    著者:
    花山院弘匡
    出版:
    中央公論新社
  • 「長い旅の途上」
    著者:
    星野道夫
    出版:
    文藝春秋

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