光と影が織り成す
京都府庁旧本館を訪ねて
京都府庁旧本館を訪ねて
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かつて茶の湯に用いる釜を鋳造していた、釜師が多く住んでいたことを由来とする釜座通りを北に抜けると、ひときわ目立つ大きな洋館が建っている。
その洋館の名前は、「京都府庁旧本館」。
現役で実務が行わる観光庁舎としては、日本最古の建築物。
そんな長い歴史を持つ、洋館の物語に耳を傾けてみると、それぞれの想いで設計に携わった、人々の物語に出会うことが出来る。
この場所に流れる、ひとつひとつの物語に耳を澄ましながら、歴史ある洋館の物語を辿ってゆきたい。
- text/photo HAS
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運命に翻弄された建築家の物語
将来を期待された若手建築家
「京都府庁旧本館」は、当時26歳の京都出身の若手建築家 松室重光(1873~1937)の手によって設計された。
今から遡ること100年以上も前。1904年(明治37年)に竣工した、その内に一世紀もの長い時の流れを秘めている洋館だ。
平成という時代が終わりを告げ、新たな元号として「令和」が発表された今、明治、大正、昭和、平成という四つの時代の移り変わりと共に歩んで来たことになる。
またこの建物は、建設当時、国内の西洋建築技術の粋を結集し、
設計されたと言われ、
「現今府県庁の建築としては、東京、京都、兵庫の二府一県なるが、吾輩が観る処によれば新式なるだけの点に於いて京都は遙かに東京、兵庫を凌駕し、全国第一として誇るに足るべし」
とも語られたほどであった。
事実、全国から見学者が絶えなかったとも言われている。
設計を担当した建築家の松室重光は、当時の京都で、はじめて誕生した建築家であった。その評価は、建築界の巨人の一人になぞらえられ、西の伊東忠太(1867~1954)とも称されるほどの建築家であったという。
その伊東忠太とは、「平安神宮」、「築地本願寺」などの代表作で知られる建築家。法隆寺が日本最古の寺院建築であることを学問的に示すなど、日本の建築史の体系を初めて樹立した人物でもあった。
まさに押しも押されぬ建築界の巨人の一人である。
そうした人物と並び称されたという事実に、松室重光の建築家としての評価の高さを窺い知ることが出来る。
夢の彼方へと消えた景色
また松室重光は、西洋建築だけでなく、古社寺保存にも積極的に関わっていたという。
浄瑠璃寺、平等院鳳凰堂、大徳寺唐門、清水寺本堂など、今もなお広く知られる数々の寺院の保護に携わっていたのだ。
そうした活動を背景にし、1898年から始まった「古社寺保存運動」の中心人物でもあった、内貴甚三郎が市長になったことが機縁となり、「古都」 京都復興のための都市計画にも中心的に関わるようになる。
それは、かつての羅城門跡と朱雀門跡を結ぶ道路(現在の千本通)を広げ、歴史を認識できる美しい街づくりを実現してゆく、壮大な構想だったという。
しかし、そんな志とは裏腹に、順風満帆とも思えた松室の行く末に、突如として暗雲が立ち込める。
1904年のとある日、部下の汚職に連座したとして官職を辞し、京都を去らねばならないことになったのである。
皮肉なことに、その年は、本来であれば、松室の名を世に轟かせるはずの年。
彼の代表作となる、京都府庁の完成した年でもあったのだ。
その後、松室は各地を転々としながら、1930年に独立。松室建築事務所を構えるものの、その後、京都において新たな建築を手掛けることはなかった。
事実上、京都府立旧本館が京都での遺作になったのであった。
夢物語に過ぎないが、もし松室重光がそのまま京都で建築家としての活動を続けていたのなら、今私たちが目にしている京都の景色とは、全く異なる美しい景色が広がっていたのかもしれない。
この洋館の背景には、そんな一人の人間が描き出した、儚くも消えていった夢と理想が隠されているとも言えるのではないだろうか。
桜の木と共に変わりゆく人々の想い
西洋と東洋の美意識の融合
西洋の建築技術を結集し、作り上げられた、京都府庁。
そんな建築物と対をなすように、庭園には、ある一人の庭師の手によって、東洋的な美しさが表現される。
- text/photo HAS
Information :
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京都府庁旧本館
address : 京都市上京区下立売通新町西入薮ノ内町
Reference :
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「松室重光と古社寺保存(日本建築学会計画系論文集 第613号)」
- 著者:
- 清水重敦
- 出版:
- 日本建築学会
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「桜のいのち庭のこころ」
- 著者:
- 佐野藤右衛門
- 聞き書き:
- 塩野米松
- 出版:
- ちくま文庫
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