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夜明けの船出

Sailing at Dawn

久しぶりの記事となります。
いつも HAS Magazine をお読み頂いている皆さま、ありがとうございます。
そして、長らく何もお知らせが出来ず、申し訳ございませんでした。

昨年の秋から、あるひとつの気づきをきっかけに長い思索を重ねていました。
それは、雑誌作りという新たな歩みを導くための地図を作る、内なる世界への旅でした。
そして、その旅を終え、新たな一歩を踏み出す前に、その旅の中で出会った、ある一編の詩を皆さまにお届けしたく、この文章を書きました。

昨年は、様々な方々への取材、そしてフリーペーパーの発行など、ささやかな活動の中で、数多くの出会いに恵まれました。
その日々は、多様な気づきを与えてくれただけでなく、自らの心の中にある地図の小ささを教えてくれました。
その地図では、目指すべき場所へは決して辿り着けないと。

だからこそ、地図の外側に広がる見えない世界に目を向け、より大きな地図を描かなければならないと思いました。
そして、そのためには、心の奥深くまで降りてゆき、内なる世界への旅に出る必要があると。
新たな地図を描くための、心の声に耳を澄ませるために。

ですが、その旅は、暗闇の中の朧げな光を探し出すような、まるで闇夜の中を一人歩む孤独な旅でもありました。
しかし、新しい風景を見るためには、誰もが通らなければならない道程でもあります。
夜は、いつの時代も新たな場所に辿り着くための厳しい通過儀礼を象徴する時間なのかもしれません。

そんな深い闇の中で、ある一編の詩に出会いました。
それは、今から遡ること200年以上前に、イギリスの地で生きた詩人、ウィリアム・ブレイクの「夜」と名付けられた詩。

この詩には、暗闇を灯す穏やかな光が満ちていました。

『夜』

日が西に沈んでいく、
宵の明星が輝いている、
鳥は巣に戻って鳴きやみ、
私は自分の巣を探さなければならない。

花のような月は、
静かな光に包まれて、
天上高い四阿に座り、
夜にほほえみかけている。

さようなら、群れなす羊を楽しませていた
緑の野、しあわせな茂みよ。
小羊たちが草を食んでいた野山を
光の天使たちは静かに進む。

天使たちは目に見えぬかたちで
ひとつひとつの花と芽に
眠っているものの胸に
やすみなく祝福と歓びを注ぐ。

鳥たちを暖かくつつむ
無防備な巣をのぞき、
獣たちの住む洞穴をもれなく訪れる。
それらのものが傷つかぬように。

眠ることができなくて
泣いているものがあれば、
そのまぶたに眠りを注ぎこみ、
寝床のかたわらに座って見守る。

狼や虎が獲物をもとめて吠えるときには
憐れみのあまり立ち止まり泣く。
彼らの渇きをいやす道を探し求め
羊に手を出さないように導く。

しかし 彼らが激しく猛り狂うときには
思慮深き者、天使たちは
従順な魂をひとつひとつ受け取り、
新しい世に送り出す。

そこでは、獅子たちの赤く燃える目も
黄金の涙を流す。
弱いものを憐れんで吠え、
羊たちの群のなかを歩きまわって言う。

怒りは彼のおだやかさによって
病は彼の健やかさによって
この不死の世界から
追い払われた

そして 穏やかに鳴く羊よ、
これからはお前のかたわらに横たわり、
お前の名で呼ばれる方のことを思い、
お前を見守って泣く。

命の川で洗い清められた
私のたてがみは、
永遠に黄金のように光り輝く。
お前たちを守り続ける限り。
(ウィリアム・ブレイク『無垢と経験の歌』より)

暗闇に包まれる夜。
その暗黒の世界で繰り広げられる、慈愛に満ちた光の天使の物語。
この詩が語りかけるのは、私たちには決して見ることの出来ない世界。

ウィリアム・ブレイクは、詩人であり、版画家でもありました。
彼は、幼い頃から現実世界を越えた世界を垣間見ることが出来る、ヴィジョン(幻視)という能力を持っていました。

最初の体験は幼少期のある日。
とある木に天使が集まっていて、どの枝も天使たちの翼で星のようにきらきら輝いているのを見たといいます。

彼は、様々なヴィジョンを言葉と絵を組み合わせ表現する、総合的な幻想芸術家でした。
しかし、その特異な作風のために狂人と見なされ、生前は美術界や文学界からも無視されていました。
ですが、彼の没後、時を経て、その哲学的で神秘的な想像力が再発見され、現在ではイギリスを代表する芸術家の一人として多くの尊敬を集めています。

彼の描く、夜に舞う光の天使の世界は、夢物語といってしまえば、それまでかもしれません。
ですが、夜という時間の役割を見つめ直してみると、あながちそうだとも言い切れないと思うのです。

夜は、暗闇の中で多くの生き物が眠りにつき、明日への英気を養う、再生の時間。
太陽の光の中で、様々な生命が生き生きと輝くことが出来るのは、そんな夜の時間があるからではないでしょうか。
そして、そんな暗闇の世界を支えているのは、他でもない光の天使たちなのだと。
そうした目に見えない光を、ほんの僅かでも心のどこかで感じることが大きな力になるような気がしました。

そんなことを考えながら、この文章を書いていると、心の中にゆっくりと静かな光が差し込んで来ました。
どうやら僕自身の長い夜の旅が終わりを迎えたようです。

少しだけ大きくなった地図を片手に、新たな旅に出てゆきたいと思います。
水平線の彼方に淡く滲む、夜明けの光を便りに、新たな船出へと。

きっと天使たちは、またどこかで誰かの夜を支えていることでしょう。
この文章をお読み頂いた皆さまのもとにもきっと。

Reference :

  • 「無垢と経験の歌」
    著者:
    ウィリアム・ブレイク
  • text / photo :
    Hiroaki Watanabe
    HAS ディレクター / デザイナー。 神戸市出身 京都在住。
    立命館大学産業社会学部在学中に、インディペンデントの音楽イベントの企画・運営に携わる。
    卒業後は環境音楽の制作を開始。その後、独学でウェブ・グラフィックデザインを学び、2019年にHAS創業。
    時を奏でる物語をテーマに、デザイン、言葉、写真、音楽を重ね合わせながら制作を行う。

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