HAS Magazine
HAS Magazine
HAS Magazine
search
account

Membership

HAS Magazineは、メンバーシップにご登録頂いた皆様へお届けする様々な物語をご準備しています。ご利用スタイルに応じて、お選び頂ける各種プランがございます。
旅に出るように、まだ見ぬ美しい物語との出会いをお楽しみ下さい。

2024.2.2
[ 前編 ]

滋賀・近江上布
受け継がれる白の記憶

Memory of
Omijofu
Memory of Omijofu
前編
Memory of
Omijofu
豊かな自然と数々の伝統文化が残された、滋賀県湖東地域。
この地には600年もの時を越え、変わることなく受け継がれて来た、ある麻織物の伝統が残されている。

その織物とは、「近江上布」。
気の遠くなるような時間をかけ、すべての工程が手作業で行われる、繊細で美しい麻織物だ。

そんな連綿と続く織の記憶を紐解いてゆく「滋賀・近江上布 受け継がれゆく白の記憶」。
前編となる今回の物語では、幾百年もの時を越え受け継がれて来た、近江上布が辿って来た歴史を紐解いてゆきたい。
前編
手の記憶を辿って
the memory
of hand
the memory
of hand

近江上布とは

途方もない時間

「近江上布(おうみじょうふ)」に宿る幾つもの物語。
それぞれの物語を辿ってゆく前に、まずは「近江上布」の織物としての特徴を明らかにする所から、この物語を始めてゆきたい。

「近江上布」は、今から遡ること約600年前に滋賀湖東地域で生まれた麻織物のひとつ。
この織物の大きな特徴は、すべての工程が手作業で行われること。
幾つもの麻の繊維を撚り合わせ、手作業で糸を紡ぐ「手績み(てうみ)」と呼ばれる作業から「近江上布」の織は始まってゆく。

一人の職人が「手績み」で、一反の着物に必要な糸を作るだけでも、なんと二ヶ月ほどの時間が必要となるという。
そして、紡がれた糸を機織り機の原点とも言われる「地機(じばた)」を使い、手作業で一本一本、丁寧に糸を紡ぎ合わせながら織物を形にしてゆくのだ。

この麻織物には、「生平(きびら)」と「絣(かすり)」と呼ばれる二種類の織がある。
「生平」は、紡がれた糸を染色をすることなく、麻の素材そのものの白一色の美しい生地を表現する織り方のこと。
そして、「絣」は、先染め(さきぞめ)と呼ばれる方法で、特定の柄に合わせ糸を事前に染め、生地に柄を表現する織り方である。

手織りの美

そんな手織りの布が織られてゆく話を耳にすると、多くの人々がまず思い浮かべるのは、椅子のある織り機の前に座り、作業をする人々の姿ではないだろうか。

椅子に座りながら、固定された織物の上で、筬(おさ)と呼ばれる木製の部位を何度も手前に引くことで、「ガシャン、ガシャン」という軽快なリズムと共に、半自動で縦糸と横糸が重なり合い、布が織られてゆく。
この織り機のことを「高機(たかばた)」と呼ぶ。

しかし、「近江上布」で用いる、「地機」は「高機」とは違い、椅子ではなく、足を伸ばし、地面や床、もしくはその付近に腰を下ろす。
織物は織り機の上で固定されず、織り手自身の腰とお腹で固定する。

そして、一本一本の糸を通すのも、糸を織るのも、全ての工程が織り手に委ねられるのだ。
そうした構造のため、「地機」は非常に不安定で、織り上げるのが難しい織機だと言われている。

そのため「地機」は、少しの気の緩みも許されない、織り手の高い技量が求められる織り機だとも言えるだろう。
だがそれゆえに、ひとつひとつの織の作業に繊細に気を配ることが出来、織り上がった時の美しさは「高機」では辿り着くことの出来ないものとなる。

無心の先に

特に「生平」については、柄のないシンプルな織物ゆえに、職人の技量が大きく織物に表れるという。
昔の職人は、「夫婦喧嘩をしては織るな。」と戒めたというほど、織り手の感情が織物に表れてしまうというのだ。

「生平」を織る時は、常に織り糸の状況に気を配らなければならず、一寸たりとも気を抜くことは出来ない。
織り手が熟達すればするほど、ただ無心になり、まるで織物と一体になるような素直な気持ちで織り重ねてゆくのだという。

そんな「手績み」と「地機」という、気の遠くなるような手仕事の先に「近江上布」は、織物としての命を宿すのだ。

途方もない時間をかけ、そうして生まれた「近江上布」は、古くは最高級の夏の衣料として、その名を日本中に轟かせていたという。
今のような交通機関や通信網が発達していない当時の日本で、一地域で紡がれた織物が日本中の人々の心を捉えたのだ。
その事実は「近江上布」の持つ、織物としての至高の美しさを表しているとも言えるだろう。

だがなぜ、他でもない滋賀湖東地域で「近江上布」が生まれ、日本中に広まっていったのだろうか。
その疑問を紐解いてゆくと、そこには、この地の様々な環境が紡いだ、ある必然の物語が流れていたのだ。

近江上布の歴史

清水に導かれて

悠久の美しい自然に包まれた滋賀県。
この地は、周囲を幾つもの山々に囲まれ、その中央には日本最大の湖「琵琶湖」がある。
それぞれの山々からは四百を超える川が琵琶湖に注がれ、その一部は地下水となり、地上へと湧き出てくる。
その湧水が出てくる場所がまさに「近江上布」が生まれた、湖東地域だったのだ。

織物を作るには、織った後に洗いや晒しをするために何よりも綺麗な水が必要だった。
そのためには、ただの河川の水ではなく、不純物のない美しい水がどうしても不可欠となる。

そうした湧水に恵まれた湖東地域は、繊維産業が発展するのに相応しい土地だったのだ。
まさに清らかな水に導かれるようにして、この地で麻織物は産業として発展していった。

それに加え、麻は乾燥すると切れやすいという特徴を持つ素材。
山々に囲まれた盆地であり、琵琶湖を有する滋賀県は、多くの水分が蒸発するだけでなく、盆地のため他の地域より湿度が格段に高い。
そんな湿潤な気候もまた麻織物を織る上で、最適な環境を生み出したのだ。

名前の記憶

様々な自然環境に導かれるようにして、滋賀湖東地域で麻織物の発展と共に始まった「近江上布」の歴史。
だがその「近江上布」という言葉は、実は古くから用いられた呼称ではなかった。
「近江上布」とは、戦後に付けられた名前であり、当時は「高宮布」という名で呼ばれていたのだ。

高宮とは、当時の湖東地域の麻織物の集積地であった宿場町「高宮宿」から名付けられた言葉。
湖東地域は、古くから日本の東西の土地を結ぶ交通の要所にあったため、数多くの街道があった。
「高宮宿」は、江戸時代の「五街道」とも称された主要な街道のひとつ、京都と江戸を結ぶ「中山道」沿いに位置した宿場町だった。

さらに、この「高宮宿」は、近江国第一の神社として知られる、多賀大社の門前町でもあったのだ。
今ではあまり知られていないが、かつて多賀大社は「伊勢神宮の親神様」を祀る神社として、日本中の人々の信仰を集めた神社でもあった。

江戸時代には、「お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢はお多賀の子でござる」という歌が流行ったほど。
伊勢神宮への参拝者と変わらないほど、多賀大社への参拝者がいたのだ。

そのため数多くの人々がこの地を往来することになった。
そして、この地を訪れた様々な人々が「高宮布」を土産物として、その品質の高さを各地に伝えてゆくことで、その名声は全国に広められていったのだ。

また滋賀を代表する商人・近江商人も、街道を通じて、「高宮布」を日本中に流通させることに大きな役割を果たしたのだ。

消えゆく記憶

栄枯盛衰の歩み

そうした様々な要因から麻織物の産地として大きく発展してゆくことになる。
それは同時に、当時の湖東地域を治めていた彦根藩にとっては、藩の財政を支える主要な産業ともなったのだ。

そこで彦根藩は、より品質の高い麻織物を生み出し、さらなる利益を生み出すために麻織物の産業の保護統制を始める。
統制によって品質を高め、粗悪品を出さないようにするだけでなく、原材料にもこだわり、より上質な麻織物が生まれていったのだ。

そして、幕府に対する献上品としても「高宮布」が贈られるようになり、その価値は瞬く間に上昇していったのである。
まさに日本を牽引する麻織物の産地として、華々しい歩みを辿っていったのだった。

だが、その華やかな時代は突如として終わりを迎える。
明治に入り、幕府がなくなり、保護統制が失われたことで、これまで通りの品質管理が出来なくなってしまう。
それに伴い、瞬く間に日本中に粗悪な「高宮布」の模倣品が出回るようになる。
そのことで、これまで培われて来た「高宮布」の価値が一気に崩れ落ちてしまう。

当時の高宮宿にあった麻問屋は軒並み店を閉め、かつての賑わいは幻のように歴史の彼方へと消えていった。
そして、二度の世界大戦を終え、戦後の時代になると、ついに「高宮布」という言葉すらも人々の記憶から消えていったのだ。

消えゆく光

江戸時代にあれほど栄華を誇った「高宮布」は、僅か数十年の間に衰退していったのだ。
だがそんな時代の中においても、僅かにではあるが、かつての「高宮布」にあった美しさを再興するべく声を上げる人々もいた。

その流れの中で生まれたのが「近江上布」という新たな名前だった。
かつては上質な織物の代名詞であった「高宮布」の名は地に落ちてしまった。
その名を再び付けることは、もはやマイナスイメージになってしまう。

しかし、名前がないただ湖東地域の麻織物というだけでは、多くの人々の記憶に残すことは出来ない。
そこで考えられたのが「近江上布」という名前だったのだ。

そのアイデアは功を奏し、また同時期に作られた「近江上布」を後世に伝える役割を担う「伝統産業組合」の存在もあり、消えかけた価値は、少しづつ蘇りつつあるかに見えた。
だが、それも一時のことに過ぎなかったのだ。
戦後から数年を経て、日本は高度経済成長期へと突入する。
その中で、海外の安い繊維製品が国内に広がり、安かろう悪かろうの商品が市場を大きく占めるようになってしまったのだ。

そのことで、滋賀湖東地域だけでなく、日本国内の繊維産業全てが、大きく衰退してゆくことになる。
無論、高価で手間のかかる「近江上布」は、そうした時代背景の中で、もはや風前の灯火とも言える状態になりつつあった。
幾百年もの時の流れの中で築かれた伝統の光は、静かに消えようとしていたのだ。

だが、その消えつつある光は、決して消えることはなかった。
そこにはある一人の女性の存在があったのだ。

Category :
  • text / photo :
    HAS Magazine
    HAS Magazineは、旅と出会いを重ねながら、それぞれの光に出会う、ライフストーリーマガジン。 世界中の美しい物語を届けてゆくことで、一人一人の旅路を灯してゆくことを目指し、始まりました。
Chapter list

Other Article


Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 12

Warning: Illegal string offset 'thumb600' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 12

Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 13

Warning: Illegal string offset 'thumb600-width' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 13

Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 14

Warning: Illegal string offset 'thumb600-height' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 14

Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 24

Warning: Illegal string offset 'thumb600' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 24

Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 25

Warning: Illegal string offset 'thumb600-width' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 25

Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 26

Warning: Illegal string offset 'thumb600-height' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 26

Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 12

Warning: Illegal string offset 'thumb600' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 12

Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 13

Warning: Illegal string offset 'thumb600-width' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 13

Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 14

Warning: Illegal string offset 'thumb600-height' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 14

Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 24

Warning: Illegal string offset 'thumb600' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 24

Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 25

Warning: Illegal string offset 'thumb600-width' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 25

Warning: Illegal string offset 'sizes' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 26

Warning: Illegal string offset 'thumb600-height' in /home/studiohas/has-mag.jp/public_html/wp-content/themes/HAS_Magazine_2024_0322/template/object/object-related.php on line 26