水の都・大阪の
知と美の記憶を求めて
知と美の記憶を求めて
of Osaka
of Osaka
かつて大阪は「アドリア海の女王」とも称されたイタリアが誇る水の都「ヴェネツィア」を見立て「東洋のベニス」と謳われた。
都市の中を網の目のように張り巡らされた水路。
その水路を人々が行き交いながら描かれる美しい都市の風景。
それはまさに日本が世界に誇る「水の都」であった。
そんな水の都・大阪の多様な物語を辿りながら、大阪の町に息づく「知」と「美」の記憶を紐解いてゆく「水の都・大阪の知と美の記憶を求めて」。
全5話の1話目となる「第1章」のタイトルは、「水の都の記憶を辿る」。
今回の物語では、大阪の歴史を辿りながら、水の都・大阪の原風景となる記憶を辿ってゆく。
- text / photo HAS
-
[ 序章 ]知と美の記憶を求めて
-
[ 第1章 ]水の都の記憶を辿る
-
[ 第2章 ]栄枯盛衰の先に
-
[ 第3章 ]人々が紡いだ知の記憶
-
[ 第4章 ]曽根崎の森の中で
-
[ 第5章 ]映し出された記憶
of the City
of the City
古の大阪の記憶
水の都・大阪に流れる「知」と「美」の記憶。
その記憶を辿ってゆくために、この都市のはじまりの記憶を紐解いてゆくことから始めてゆきたい。
さかのぼること1万年以上前。
気の遠くなるような古の時代から大阪の地では、人々が暮らしていたと言われている。
そして、その時代からさらに数千年の時を経て、西暦400年頃に都市としての大阪の歩みが始まってゆく。
その時代の大阪の呼称は「なにわ」。
いくつかの王都がおかれ、日本の政治の中心地としての役割を果たしていた。
また海に面した地形を生かし、現在の大阪市中央区あたりに「難波津」という港を開港。
この港には、朝鮮や中国、遠いアジアの国々からも多様な人々が訪れたと言われている。
当時の大阪は、最先端の情報が世界中から集まる「経済都市」であり、
西洋と東洋の文化を繋いだシルクロードの東の終着点としての「国際都市」でもあったのだ。
「古の都」と言えば、奈良や京都を思い浮かべるかもしれない。
しかし、大阪に都が置かれたのは、さらに古い時代に遡る。
つまり大阪は、悠久の時の流れを持つ「古の都」として、その歴史を刻み始めたのだ。
だが都が奈良から京都に遷されたことをきっかけに、大阪は衰退する。
1400年代に、大阪・堺がオランダとの南蛮貿易をきっかけに繁栄するものの、大阪の都市部は依然として衰退していた。
早くも栄枯盛衰の憂き目にあった大阪だが、ある一人の人物の登場によって大きな転換期を迎えることになる。
水の都・大阪の起源
その人物とは、豊臣秀吉。
半農の下級武士という出身ながら出世を重ね、最終的には天下統一を果たした人物として、今なお語り継がれる人物である。
そんな秀吉が大阪を日本の首都にするべく、大阪城を築いたことがきっかけとなり、大阪の都市は息を吹き返してゆく。
1583年に大阪城を築城した秀吉は、古の時代から「経済都市」として栄えた大阪の地理的な特性を活かし、城下町として大阪の街を再生させる。
今も大阪・難波にある水路「道頓堀」に代表されるような数々の水路を大阪の街に築き上げたのだ。
そうして都市の中を網の目のように水路が走る、新たな大阪の町の姿が描かれていった。
まさにその町の姿こそ「水の都・大阪」の原風景であった。
そして、この新たな都市を発展させるために、発展の担い手となる人々が各地から大阪へと集められてゆく。
その中には、大阪・堺の商人や京都・伏見の商人、滋賀・近江の商人に代表されるような商才豊かな多種多様な人々がいた。
まさに新たな時代を切り拓く、新しい都市の姿が大阪で生まれつつあったのだ。
だがしかし、秀吉は、そんな時代の変化を最後まで見届けることはなかった。
1598年9月の中頃、彼は道半ばにして、この世を去ることになるのである。
享年62歳、まだ夏の暑さが残る初秋のある日のことであった。
半農の下級武士から天下人まで成り上がり、駆け抜けるように生きた自らの人生を見つめ、紡いだ、ある一つの句を残して。
「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢」
それは、栄華を極めた人物だからこそ感じた、あらがいようのない人生の儚さだったのかもしれない。
そして、秀吉の死から僅か2年後のこと。
まるで彼が語った儚さを象徴するかのように、ある一人の人物の登場によって秀吉が築いた天下は、脆くも崩れさってゆくのである。
自由の都市・大阪の誕生
その人物とは、徳川家康。
彼によって秀吉が築いた時代は終焉を迎え、約140年もの間続いた動乱の戦国時代にもまた終止符が打たれたのである。
長く不安定であった戦国時代から平和な江戸時代が始まり、大阪の繁栄は決定的となる。
江戸時代に入り、京都・大阪から江戸へと中心地が移ったものの、江戸時代のはじめの関東地方は、まだまだ経済的に立ち遅れていた。
そのため幕府が大阪を「商業都市」として発展させる方針を打ち出すと、幕府の想像を遥かに越える商人が大阪に集まって来たという。
各地から続々と商人が大阪に集まり、それにより多様な人々が入り混じる土壌が生まれ、肩書きに捉われない自由な風土が作り上げられていった。
それはまさに誰もが夢と情熱を片手に成り上がるきっかけを与えてくれる、自由の都市。
その都市の姿は、下級武士から成り上がっていった秀吉という男が辿った境遇と図らずも重なり合うものがあるようにも感じる。
露のごとく儚く落ちた夢は、大阪の水路を走りながら、無名の人々の新たな夢として花開いてゆくのである。
育まれた独立の精神
多くの商人が全国から集い始めた大阪。
そうした時代背景から大阪と江戸では、都市で暮らす人々の顔ぶれが大きく異なっていた。
江戸は、多くの武家屋敷が立ち並び、町人は少なく武士が中心の都市に。
それに対し、大阪に住む武士は僅かで、住民の大半は町人であった。
そのため江戸では、多くの商人が武士を相手に商売を行うことになる。
事実、江戸の豪商の多くは、幕府や諸藩の御用商人となった。
そうして権力と結びつくことで、大きな苦労をすることなく商売を営むことが出来たのだ。
それに対し、大阪の商人は、江戸の商人のような安定的な顧客に恵まれなかった。
浮き沈みの激しい不安定な立場となったのだ。
まさに逆境からの出発であった。
しかし一方で、武士という支配層が少ない大阪の雰囲気は、自由闊達で活気に満ち溢れていたという。
そうした環境が逆境の中で自らの実力と努力でのし上がる、独立自営の精神を育んでいったのであった。
そのことが結果的に、現代で言うところの多数の「起業家」を輩出することになり、大阪は自立自営の商人の都となっていったのである。
商人が描いた風景
その独立の精神は、大阪の都市の中に形としても現れる。
都市の中を張り巡らされた水路には、数多くの橋が架けられた。
そうした風景を称して「浪華八百八橋」と呼ばれたほどである。
そして、そんな数多くの橋の中で、江戸幕府が架けた橋はわずか十二だけ。
驚くことに残りの全ての橋は、町人が自らの私財を投じて橋を架けたというのだ。
本来であれば公共事業とも言える事業を町人自らが先陣を切って行っていたのだ。
そうした例は、当時の他の都市では決して見られないという。
自らの町を他の誰かに頼ることなく、自分たちでより良くしてゆくという、まさに独立自営の精神が大阪の町を輝かせていったのである。
またそんな独立の精神を育んだ大阪の環境は、独自の商習慣も生み出した。
現代に繋がる「お客をだいじにする商習慣」は、この時代の大阪から広まったと言われている。
武士の少ない大阪の商人たちは、自分たちと同じ立場の町人に向けて商売を行わなければならなかった。
当然ながら身分、性別、身なりなどで客を分けへだてしていれば商売を拡大できない。
それにより売り手も買い手も平等という考えが自然発生的に生まれたのだ。
そして、そのことが結果的として、当時の日本社会の中に流れていた重苦しい世襲の身分制の空気を崩してゆくことになる。
大阪人は、時に反体制的で自由を重んじると言われる。
その原点は、江戸時代の大阪の人々の中にあるのかもしれない。
そんな自由な空気が流れる都市の中で、大阪商人は、独立自営の精神で自らの商売を研鑽してゆく。
そして、そうした人々の中から現代に語り継がれてゆくような、数々の商人が生まれてゆくのである。
そんな彼らが辿った軌跡の中に、大阪に流れる「知」と「美」の記憶を紐解く手がかりが隠されていたのであった。
- text / photo HAS
Reference :
-
「大阪商人」
- 著者:
- 武光誠
- 出版:
- ちくま新書
-
「水都大阪物語」
- 著者:
- 橋爪紳也
- 出版:
- 藤原書店
-
「商いの精神」
- 著者:
- 西岡義憲
- 編集:
- 大阪府「なにわ塾」
- 出版監修:
- 教育文化研究所
-
「市民大学の誕生」
- 著者:
- 竹田健二
- 出版:
- 大阪大学出版会
-
「懐徳堂の至宝」
- 著者:
- 湯浅邦弘
- 出版:
- 大阪大学出版会
-
「日本永代蔵」
- 著者:
- 麻生礒次 / 富士昭雄
- 出版:
- 明治書院
-
「西鶴に学ぶ 貧者の教訓・富者の知恵」
- 著者:
- 中嶋隆
- 出版:
- 創元社
-
「上方文化講座・曽根崎心中」
- 著者:
- 大阪市立大学文学研究科「上方文化講座」企画委員会
- 出版:
- 和泉書院
-
「石田梅岩 - 峻厳なる町人道徳家の孤影」
- 著者:
- 森田健司
- 出版:
- かもがわ出版
-
「AD・STUDIES vol.5 2003」
- 発行:
- 財団法人 吉田秀雄記念事業財団
-
text / photo :HAS Magazineは、旅と出会いを重ねながら、それぞれの光に出会う、ライフストーリーマガジン。 世界中の美しい物語を届けてゆくことで、一人一人の旅路を灯してゆくことを目指し、始まりました。About : www.has-mag.jp/about
-
[ 序章 ]知と美の記憶を求めて
-
[ 第1章 ]水の都の記憶を辿る
-
[ 第2章 ]栄枯盛衰の先に
-
[ 第3章 ]人々が紡いだ知の記憶
-
[ 第4章 ]曽根崎の森の中で
-
[ 第5章 ]映し出された記憶