神戸・北野と幾つもの夢を追って
Kitano
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古くから港町として栄えたこの土地は、様々な国々から多様な文化や人々を受け入れ、神戸の街を国際都市として発展させていった。
そんな神戸の街の記憶を辿ってゆくと、神戸の山手に位置する北野町に息づく独自の多文化共生の姿に出会った。
神戸・北野町に息付く、独自の文化を紐解きながら、神戸に流れる多様な物語を辿ってゆく「神戸・北野と幾つもの夢を追って」。
前編の題名は「もうひとつの風景」。
今回の物語では、神戸・北野町に隠された、もうひとつの風景を辿りながら、この町に息づく多文化共生の在り方を紐解いてゆきたい。
- photo / text HAS
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[ 序章 ]穏やかな海風に包まれて
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[ 前編 ]もうひとつの風景
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[ 中編 ]偶然の導き
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[ 後編 ]ある異国人の夢
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[ 最終編 ]手紙が紡いだ記憶
Scenery
Scenery
多様な文化が織り成す街
神戸・北野町に息付く、独自の多文化共生の文化。
その文化の詳細を紐解いてゆくために、まずは現在の神戸の街について辿ってゆくところから、この物語を始めてゆきたい。
神戸市を中心とする兵庫県内には、138ヶ国、約 11 万人(2021 年末時点)もの外国人が住んでいるという。
そのため神戸の全体の人口の中で外国人の割合は、日本でも上位に位置している。
東京や大阪といった大都市と比べ、海と山に囲まれ、決して大きくはない都市の規模を考えると、その数は群を抜いて多いと言えるのではないだろうか。
そして、神戸の街がそうした大都市と大きく異なるのは、街の中で多様な異国の風景に出会えること。
神戸の中心地、三宮駅から海側に歩いてゆくと、西洋風の建築物が立ち並ぶ、旧居留地がある。
その跡地には国内外の様々なファッションブランドが軒を連ね、さながらヨーロッパの都市を歩いているような感覚を覚える。
そこからさらに西へ歩くと、街の景色は一変し、極彩色で彩られた目にも鮮やかな中華街・南京町に行き着く。
そして、その南京町の西側の楼門から山手に向かって歩いてゆくと、坂道を縫うように様々な異人館が建ち並ぶ、北野町にたどり着く。
都市の端から端まで歩いてゆけるほどコンパクトな都市の中に、そんな多様な文化が織り成す風景が息づいているのだ。
それだけでも充分、多文化共生の文化を表していると思われるかもしない。
だがそれは、決して神戸だけのものではない。
国内では、函館・新潟・長崎・横浜といった、江戸末期から明治にかけて、外国に開かれた港町でも異国情緒の漂う街並がある。
また外国を例にすると、かつてドイツの租借地であった中国の青島市(チンタオ)。スペインの植民地時代を経て、現在では南米のパリとも称されるアルゼンチンのブエノスアイレスなど、多様な文化が重なり合う街並みは、世界各地に点在している。
では、ここ神戸・北野町で育まれた独自の多文化共生の文化とは一体何なのか。
その手掛かりは、この街並みの中に隠されていた。
もうひとつの風景
神戸の街と海を見渡せる高台に広がる北野町。
独自の美しい街並みを持つ北野町は、観光地としても名高く、毎年数多くの人々が訪れている。
この街にある幾つもの異人館とその間を縫うようにして走る坂道は、訪れる人に思いがけない風景との出会いを届けてくれる。
それはまるで映画のワンシーンのように絵になる風景。
それが多くの人々が北野町に抱く、イメージではないだろうか。
だがこの街には、そんな風景の他に、もうひとつの特別な風景があることは、実はあまり知られていない。
ここ北野町は、世界中の様々な宗教の教会や寺院が密集する地域でもあるのだ。
なんと歩いてわずか10分圏内に10以上の宗教施設があるという。
街の中心に位置する北野天満神社で祀られる日本古来の宗教・神道をはじめとして、仏教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ジャイナ教、シク教寺院、ヒンドゥー教に至るまで。
それはまるで世界の宗教を縮図にしたかのように、多様な宗教が点在しているのだ。
このような小さな地域において、これほどまでに多様な宗教が共存してきたことは、世界的にも珍しい現象であるという。
日本においては、異なる宗教の共存について取り沙汰されることは少ない。
しかし、世界に目を向けると、宗教の違いから長期に渡る争いが起きることは、決して珍しいことではない。
その果てには、お互いの大義を掲げ、終わりの見えない戦争という、最も忌むべきことまで辿り着いてしまうこともある。
その事実を思うと、いかにこの場所が稀有であるかを感じさせられる。
だが、なぜそれほどまでに多様な宗教の共存は難しいのだろうか。
乗り越えられない壁
そうした宗教の多くは一千年以上の歴史の中で紡がれ、育まれたもの。
そのため、個人という枠組みを越え、それぞれが異なる壮大な物語を持っている。
他人同士が個人の価値観をすり合わせ、歩み寄ることでさえ、決して簡単なことではない。
また日本という島国を見渡してみても、地域毎に異なる文化がある。
その違いに悩んだ経験がある方も少なくないのではないだろうか。
基本となる文化が共通する日本でさえも、そうなのである。
それが異なる考え方を持ち、ときに国も地域も異なる宗教の違いであれば、その隔たりの大きさ、それを乗り越え、共生することの難しさは、想像に難しくないだろう。
だが不思議なことに、ここ北野町においては、それほど多くの宗教が混在しながらも、決してそれぞれの宗教間で争いが起きることはなかったのだ。
さらにそれだけなく、この街では、そうした街並みを背景に、世界でこの場所にしかない、ある特別な催しが開かれているのだ。
共生の記憶を辿る旅へ
その特別な催しとは、1981年からこの町で毎年開催されている「北野国際まつり」。
北野天満神社を会場とし、世界平和を祈るという共通のテーマのもと、あらゆる宗教の人々が集い、自由に祈り、食べ、交流するお祭りである。
決して大きな規模ではないが、異なる宗教や考え方を持った人々が同じ場所に集り、お互いを尊重しながら、平和について対話をするという、まるで理想のような多文化共生を実現しているのである。
そんな北野町のもうひとつの風景から神戸という街を紐解いてゆくと、神戸という都市は、港町を背景にした「国際都市」であるとともに、世界的にも稀有な「多宗教共存都市」であるとも言えるのではないだろうか。
それは最も実現が難しい、本当の意味での「多文化共生」とも言えるかもしれない。
そして、そんな「多文化共生」の姿は、テクノロジーの発展により、あらゆる垣根が取り払われつつある、グローバルな時代を生きる私たちに、これからの未来を描く上での大切な手がかりを教えてくれるのではないだろうか。
環境問題や人口の増加による食糧問題、終わりの見えない紛争、広がり続ける貧富の差など、私たちが地球規模で向き合わなければならない課題は、枚挙に暇がない。
そうした課題の解決には、異なる価値観の人々が手を取り合い、地球のあるべき姿について語り合ってゆく、そんな光景が当たり前のように広がってゆく必要があるのだと思う。
そんな風に考えを巡らせながら、この地に息づく多様な物語を辿り始めたことが今回の物語を紡いでゆくきっかけとなった。
そして、それぞれの物語を紐解き、神戸・北野町に息づく「多文化共生」のルーツを辿ってゆくと、この地で様々な人々が描いた幾つもの夢に辿り着いたのである。
この地で育まれた、独自の「多文化共生」の文化。
その文化を紐解いてゆくために、この地に流れる幾つもの夢の物語に耳を傾けながら、神戸・北野町に息づく、共生の記憶を辿る旅を始めてゆきたい。
- photo / text HAS
Reference :
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「神戸学」
- 監修:
- 崎山 昌廣
- 編集:
- 神戸新聞総合出版センター
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「居留地の街から―近代神戸の歴史探究」
- 編集:
- 神戸外国人居留地研究会
- 出版:
- 神戸新聞総合印刷
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「神戸っ子のこうべ考」
- 編集:
- 甲南大学総合科目神戸っ子のこうべ考
- 出版:
- 神戸新聞総合出版センター
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「居留地の窓から : 世界・アジアの中の近代神戸」
- 著者:
- 神戸外国人居留地研究会
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「北野『雑居地』ものがたり」
- 発行:
- こうべ北野町山本通伝統的建造物保存会
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photo / text :HAS Magazineは、旅と出会いを重ねながら、それぞれの光に出会う、ライフストーリーマガジン。 世界中の美しい物語を届けてゆくことで、一人一人の旅路を灯してゆくことを目指し、始まりました。About : www.has-mag.jp/about
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[ 序章 ]穏やかな海風に包まれて
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[ 前編 ]もうひとつの風景
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[ 中編 ]偶然の導き
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[ 後編 ]ある異国人の夢
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[ 最終編 ]手紙が紡いだ記憶