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旅に出るように、まだ見ぬ美しい物語との出会いをお楽しみ下さい。

2024.4.13
[ 前編 ]

うつわや essence kyoto
本質を探す旅へ

Journey of
essence kyoto
Journey of essence kyoto
前編
Journey of
essence kyoto
穏やかな自然と多様な文化が薫る、京都・岡崎。
essence kyoto エッセンス・キョウト」は、この土地に流れる琵琶湖疏水を眺めるように静かに佇んでいる。
階段を登り、味わいのある木の扉を開くと、目の前に広がるのは、洗練された空間と選び抜かれた美しい道具、そして日本の繊細さが感じられる様々なお茶。

このお店を営むのは、荒谷啓一さんと里恵さんというご夫婦。
それぞれ異なる歩みを重ねて来た、二人の出会いがきっかけとなり始まったお店である。
驚かされるのは、お店を開くまで、二人は器や生活道具の仕事に携わったことはなかったこと。

啓一さんは、富山県出身。大学進学と同時に上京。
卒業後は、オーストラリアでのワーキングホリデーを経て、ネパールでチベット仏教を7年間修行し、その後は約10年もの間タイで様々な仕事をしていた。

里恵さんは、高知県出身。転勤族の両親と共に、様々な土地を転々とする子供時代を送る。
大学入学後は、20年ほど東京で暮らしていたのだが、ある日を境に東京を離れ、新潟で新たな仕事に就いていた。

そんな全く異なる世界にいた二人がなぜ出会ったのか。
その出会いに至る様々な物語の中に、「essence kyoto」が紡ぐ美の源となる旅の物語が流れていた。

前編となる今回の物語は、そんな二人の出会いに至る、荒谷啓一さんが辿った遥かなる旅の物語を紐解いてゆく。
そこには、多くの人にとっても様々な気付きとなるような幾つもの物語が流れていたのだ。
前編
心を紐解く旅
Unravel
the Mind
Unravel
the Mind

極北からの手紙

二つの出会い

荒谷啓一さんの出身地は、富山県高岡市。
大学に入るまでの子供時代を出身地の富山で過ごした。

動物や星が好きだった子供時代の夢は探検家になること。
高校1年生の進路相談の時、先生に将来の夢を聞かれ、「探検家になりたい。」と答えたほどだった。

そんな夢を抱いていた高校時代に自らの人生を方向づける二つの大きな出会いを果たす。

ひとつは、ある日何気なく手にした雑誌に掲載されていた一人の写真家との出会い。
その写真家とは、かつてアラスカを拠点に活動した、写真家・星野道夫だった。
広大な自然の中で生きる動物の姿を捉えた引きの写真と心の奥深くから紡がれるような穏やかな文章に、独特の生命への眼差しと不思議な温かさを感じ、すっかりファンになってしまったのだ。

そして、もうひとつは、ある日訪れた本屋で出会ったロマン・ロランという作家の「ベートーヴェンの生涯」という本。
この本をきっかけに「ベートーヴェン」の音楽を聴き始めると、これまでに体験したことがないほどの感動を覚えたという。

それはまるで自分の意識が完全に消え、音楽と一体になるような体験だった。
その体験を通して、冒険や生き物だけでなく、芸術にも深く惹かれるようになる。

高校卒業後は、そんな広がりゆく興味を垣根なく学べる環境を求め、「ICU – 国際基督教大学」に入学。
そこは、学部の垣根を越えて自由に学問を追及出来る大学だった。

大学では、興味が赴くままに様々な授業を受ける中で、冒険と芸術という一見大きく異なる二つの世界への興味の根底には、それぞれの「心」に対する関心があることに気付く。
一方は、星野さんが写真で捉えた大自然の中に生きる狩猟民の自然観に根差す「心」の在り方。
もう一方は、内面を深く紐解く芸術に根差す「心」の在り方。

その気付きをきっかけに、「心」を理解することが自分の人生にとって重要な鍵を握っているのかもしれないと考えるようになったのだ。
「essence kyoto」に至る最初の一歩は、そんな「心」の世界への興味から始まった。

一通の手紙

そんな大学時代の彼の頭の中にあった将来の選択肢は二つだけ。
何かの研究者として生きるか、星野さんのように旅をしながら写真を撮り、文章を書く仕事をするか。

就職活動のことは、以前から一切頭になかったという。
そして、周囲がリクルートスーツに身を包み就職活動を始める中、彼は一通の手紙をある人物へと送ったのだ。

その人物とは、彼が高校時代から憧れ続けた写真家・星野道夫だった。
手紙の宛先は、とある出版社。
住所を知るすべがなかったため、星野さんが本を出していた出版社に本人に届けてくれるよう書き添えて。

その手紙には、彼がこれまで狩猟民の生活に惹かれてきたことや、星野さんからどんな影響を受けて来たのかということ。そして、これからどのように生きていきたいのかという自らの熱い想いを全て込めるように書いた上で、星野さんのアシスタントをさせて欲しいという彼の強い想いが書かれていた。

すると手紙を送ってから数ヶ月後、なんと返事が返って来たのだ。

送り元の住所は、アラスカ。
その手紙の末尾には、こう書かれていた。

「ボートの中でこの手紙を書いているので、乱筆になってしまったことをお許しください。」と。
かつて本で読んだ情景が目に浮かぶような、一筆を添えて。
その川は、星野さんが本の中で書いていた、ある川の上だったのだ。

そして、手紙が届いてから数ヶ月後に、星野さんの実家から近い、ある駅で二人は会う約束をする。
駅の改札口で待ち合わせ、駅近くの星野さん行きつけの珈琲屋で話をすることになったのだ。

深い眼差し

星野さんと出会った時の印象は、まさに本で感じた印象そのままだった。
穏やかな話し方は、書かれている優しい文章がそのまま人間になったような温かさを感じさせた。

そして、その時に特に印象に残ったのは、星野さんの眼差しだった。
まるでネイティブアメリカンのような、どこか野生味を帯びた深い眼差しを感じたという。

アラスカという厳しい極北の自然と向き合い続けた長い時間が、その深い眼差しを生み出したのかもしれない。

その時に星野さんは、アラスカで写真家として生きるためのアドバイスを親身になって話してくれたという。
一通り話し終えた後、また会うことを約束し、別れた。

その後、彼は子供の頃から好きだったクジラの撮影をアラスカでするために、スキューバダイビングの技術を身につけるべく、オーストラリアへのワーキングホリデーに行くことを決める。

ようやく新たな歯車が回り出そうとしていた。
だが、そんな中である驚くような一報が彼のもとに届けられたのだ。

遥かな頂を求めて

心の世界

それは、星野さんが亡くなったという一報だった。
テレビの取材中に、熊に襲われ命を失ったのだ。
その一報が届いたのは、彼が星野さんと出会って僅か半年ほど後のこと。

これまで憧れ続けていた人物が急にいなくなってしまったことへの喪失感が大き過ぎた。
これから何を目標にすれば良いのかも分からなくなってしまった。

お金を貯め、アラスカに行くことも考えたのだが、今はもうアラスカには憧れの星野さんはいない。
尊敬する人物の突然の死に直面し、何より感じたのは、人間はいつ死ぬか分からないということ。
だからこそ、今やりたいことをした方がいいというシンプルな想いを抱いたという。

そして、改めて自分がやりたかったことを見つめ直してゆくと、大学時代に友人に勧められて読んだ、文化人類学者・中沢新一さんの本で出会った「チベット仏教」の教えを学びたいという気持ちを思い出す。

その本には、心の深層を紐解く「ゾクチェン」という教えの存在が書かれていた。
その教えを学ぶことで「心とは何か」を直接体験することができると。
大学時代から変わることなく、彼が興味を持ち続けていたのは、「心」の世界だった。

だからこそ、チベット仏教を学ぶことで「心」の全体像や「心」というものの謎を理解出来るのではないかと考えたという。
そして同時に、自分の心や意識というものを知った上で、残りの人生をスタートしてもいいかも知れないとも思ったという。

新たな旅先

その本に書かれていた中沢新一さんにチベット仏教を教えた師匠は、調べてみると、まだ存命だった。当時既に80歳前後の年齢。
ネパールのある村の僧院で子供たちにチベット仏教を教えていた。

自然は、数年で大きく変わることはない。
しかし、人の一生は短く、時に儚い。
ならば、今が学ぶ時なのかもしれないと考えたのだ。

ダライ・ラマ Spiti,India

そして、彼は当時中央大学の教授をしていた中沢新一さんのもとを訪れ、「チベット仏教」を学びたいという相談を持ちかけ、なんとその師匠を紹介して貰うことになる。

憧れの極北の地から旅先を変え、彼は「チベット仏教」を学ぶためにネパールの地へと向かうのだった。

チベット僧 Spiti, India

心の本然

彼が紹介を受けた師の名は、ラマ・ケツン・サンポ・リンポチェ。
リンポチェとは傑出したお坊さんや、修行者につけられる尊称。
ラマというのは簡単に言えば仏教を教える師匠のことだ。

そんな彼が学び始めたチベット仏教は、幾つかある宗派の内のニンマ派と呼ばれる宗派だった。

ニンマ派は、学問より瞑想修行の実践を重んじる宗派。

舞を奉納する僧侶 Spiti, India

彼が学んだのは、そのニンマ派の中で教えられている「ゾクチェン」という教え。
段階を追って、心の深層に降りてゆき、その先で心の本来の姿を見極めようとする教えだった。

そして、その教えを受けるためには、加行と呼ばれる準備的な長い修行を積まなければならない。
そのため、そこから彼のチベット仏教の長い修行の日々が始まってゆく。

その修行の日々は、まさに心を紐解く遥かなる内面世界への旅だったのかもしれない。

挨拶をするダライ・ラマ Spiti, India

もうひとつの道

失われゆく文化

遥か異国の地で始まった、チベット仏教の修行。
それと同時に、彼はもうひとつの目標に向かっても歩み始めていた。

彼は、アラスカではなく、アジアの様々な土地を舞台に、そこで自然と共に暮らす人々の姿を写真や文章を通して表現したいと考えていた。
訪れた地域は、子供時代から書き留めていた、いつか行きたいと考えていた場所。

どうしてもビザの関係でネパールに滞在し続けることが出来なかった為、一時的にネパールを離れなければない時期に、カメラを片手に様々なアジアの辺境地域を訪れていったのだ。

銛一本で鯨に立ち向かうラマファー Ramarera Indonesia

例えば、インドネシア東部のレンバタ島にあるラマレラ村では、時に1ヶ月も村に滞在し、撮影を重ねたこともあったという。
その村は、数百年前から捕鯨によって村の暮らしが成り立っている稀有な土地。
鯨は、神からの贈り物とされ、鯨との深い関わりの中で、信仰も暮らしも文化も、あらゆるものが育まれていた。

そこには、現代の人間が失ってしまった何か大切なものが残されているように感じたという。
そういう昔ながらのものを保ち続けている人たちと僅かでも一緒に生活して、そこから学んだことを自分のものにしながら、一部を写真や文章という形でシェアしたいという想いがあったのだ。

だが、そうした想いは、時間を重ねる中で少しづつ変化してゆくことになる。

鯨の解体 Ramarera Indonesia

終わりと始まり

チベット仏教の修行を重ねながら、アジアの辺境の地を旅する日々。
そんな日々を繰り返し、気がつけばネパールに来てから約7年もの時が過ぎようとしていた。
旅を重ねる中で、かつて行きたいと思っていた場所には、ある程度足を運ぶことが出来たという満足感も芽生え始めていた。

またチベット仏教の修行も、年数を重ねてゆく中で当初学びたいと願っていた教えを授かることが出来ていた。
その時、彼は30代前半。

それまでの人生は、いわゆる一般社会から離れ深く自己を探求する日々。
そろそろ社会の中に戻り、働かなければならないという焦りも感じていた。

シャトルンジャヤ Palitana, India

そんな様々な想いが交錯する中で、彼はチベット仏教の修行と共に写真の道にもひとつの区切りを付けることを決意する。
修行は、一朝一夕で終わるものではない。一生をかけて行うもの。
だからこそ彼は、これからは時間があるときに、その教えを深めてゆきたいと考えたのだ。

そして、修行を終えることを伝えるために、彼は最後にお世話になった先生のもとを訪れる。
彼の先生は、まさに自分の魂の追求のために、全生涯を費やした人だった。

今振り返ってみても、ネパールに行って一番良かったことは、そんな清らかな魂を持った人物と出会えたことだったという。

巡礼者 Palitana, India

その時に先生は、彼に対して「よく修行して、立派な人間になってくださいね。」という言葉を掛け、彼の新たな旅路を受け入れ、快く送り出してくれたのだ。

そして、彼はチベットで偶然出会ったタイ人のご夫婦との縁がきっかけとなり、日本に帰国することなく、タイで仕事を始めることに。

旅をする中で、アジアの昔ながらの工芸や暮らしには、以前から素朴な美しさを感じていた。
いつか、そういうものを扱うお店を自分で持つことが出来ればとも考えていたという。

そんな新たに芽生えた想いを携え、彼はタイに移住する。
そして、その新たな旅の先に「essence kyoto」が生まれる、二人の出会いが訪れるのだ。

(■ 後編:「重なり合う出会いと記憶」に続く)

Reference :

  • 「チベットの先生」
    著者:
    中沢新一
    出版:
    角川学芸出版
Category :
  • text / photo :
    HAS Magazine
    HAS Magazineは、旅と出会いを重ねながら、それぞれの光に出会う、ライフストーリーマガジン。 世界中の美しい物語を届けてゆくことで、一人一人の旅路を灯してゆくことを目指し、始まりました。
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